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下町で診る
第5回 海軍式コーヒー

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青田さん(仮名)は、伊豆七島からはるばる僕のクリニックに通っていくる。大正生まれの元海軍のパイロットだ。戦後、小さな航空会社を渡り歩き、18,000時間飛び、自分の思うような着陸ができなくなったと、すっぱり足を洗って島へ移り住んだ。ログハウス調の喫茶店を自分ひとりで建て、奥さんと切り盛りしている。

パイロットのはしくれでもある僕は時折、往診と称して島に飛んでいく。晴れた日には富士山が遠望できるその店は僕のお気に入りだ。“往診代”は海軍式のコーヒーと決まっている。

「先生。あちしのエンジン(心臓)がまたいかれちまったんだよ」

東京の下町生まれ。青田さんは、昔の落語家のようにきれいな江戸弁をしゃべる。胃がん、前立腺がん、脊椎管狭窄症に心筋梗塞。およそ1つだけでも常人には耐えられない病気を乗り越えてきている。

「東京の病院でまたステント(*)入れたんだな。最初はインタンの若造が出てきやがって、もたもたしやがんのよ。あたしゃあまりのじれったさに言っちまったんだよ。お前さん、へたくそだなってね」

死線を何度も越えた青田さんは、歯に衣を着せない言い方をする。思わず僕も身構えてしまう。

「で、次に出てきたのが上司の女医さんだ。年のころなら30の後半、小股の切れ上がった、ちょいといい女なんだな。しかも、これがカテーテルがうまいときてやがる。すいすいっと心臓に入れるとあっという間に完了。これでエンジンにオイルも回りだして、しばらくは順調に動いてくれるってわけだ」

青田さんは自分の病気を飛行機の部品にたとえて話をするのが好きだ。

「あちしがもう少し若かったら、くどいてたんだけどねえ…。エンジンも快調に回るようになったしね。もっとも前立腺やったおかげで、機関砲が役にたたねえからねえ」艶話も青田さんが話すと粋に聞こえる。

「で、今日の気流はどうだった?」「敵機遭遇せず。異状なし」

「いいねえ。平和な空ってのは」僕は青田さんの最後の弟子なのだ。別れを告げ、飛行場へと続く坂道に木漏れ日がまだらに差し込む。振り返ると、僕を見送る青田さんがいた。突然その姿に真っ白な絹のスカーフを巻いた飛行服姿の若き操縦士の姿が重なった。

僕らは心の中で敬礼を交わした。

(*金属製の網状のチューブ)

※引用 アイユ5月号 2009年(平成21年)5月15日発行 (C) 財団法人 人権教育啓発推進センター

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