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下町で診る
第10回 落選

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長島さん(仮名)は今年90歳。下町のあんこ屋さんだ。転んで腰の骨を圧迫骨折したためリハビリに通ってくる。

年相応の物忘れはあるものの、大正生まれの「モダンボーイ」はいつも颯爽とした身なりでやってくる。長島さんの自慢は、息子さんが地方の議員となり、某政党の役職についていること。外来では、病気の話はそこそこに自慢話が始まる。

「いやあ、うちの息子はとんびが鷹で、偉くなっちまってねえ」「出世されたそうですね」毎回聞く同じ話だが、僕は相槌を打つ。

「いやぁね、あれは人様の役に立つってのが生きがいみたいでね。よく人のめんどうを見るんだわ。やれPTA会長だ、やれ町内会長だって。挙げ句の果てに議会に出るってんでしょ。あたしゃ、分不相応だって言ったんだけどね。言い出したら聞かないたちでね。いったい誰に似たんだか」「決まってるでしょうが」

「あっははは、違いないね。そんなわけで党の中でも偉くなっちまってね。同じ屋根の下ってのに、まったく月に何遍も会わないんだわ。まあ、人様のためにやってるってんだから、わがままは言えないけどね」「そうですね。情けは人のためにならず、ですか」

そんな長島さんが突然亡くなったのは、息子さんの選挙の公示日だった。息子さんの再選を確信している、そんな話をした数日後だった。心筋梗塞が原因だったらしい。残念ながら息子さんは落選してしまい、後日ご挨拶にこられた。

「もろもろ残念でしたね」「本当に残念でした。ただ、最後に親孝行だけはできたかなと思います。落選を見せずにすみましたから…」「お父上のご自慢でしたからね。で、これからどうされるのですか」

「親父の残してくれたアパートの家賃で何とか凌いでいきますよ。まあ、私なんかは何とか食ってけますけど、落選した同僚なんかは、元の会社には戻れませんからね」「戻れないのですか」「ええ、日本のほとんどの企業の就業規則には、議員になった後の復職に関しての規定はないのです。外国との大きな違いです」「なるほど、だから…」

「落選すると、『ただの人』になるってわけです。元の世界には戻れないのですから。まあ、また頑張りますわ」息子さんは大きな声で笑うと、腰をかがめて診察室を出て行った。しばらく待合室で大きな挨拶の声が響いていた。

※引用 アイユ10月号 2009年(平成21年)10月15日発行 (C) 財団法人 人権教育啓発推進センター

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