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このエッセイは『ばんぶう』(日本医療企画)に掲載されたものです。
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  世の為人の為、そして自分の為(1996)
 

住専処理問題やHIV訴訟に於ける政府、官僚、当事者、そしてそれを報道するマスコミ。みていてなんとなくすっきりとしない。しかもすべてに同じ感じの不快感を覚える。なぜか。

政治家は自分がかつて関係した事を、あたかも自分には関係のない様な顔をして人のあら捜しをする。官僚は官僚で小学生にもばれてしまうようなへ理屈で自分を正当化する事に躍起になっている。マスコミも自分たちの見抜けなかった事を棚上げにして、さも我々が正義であるような顔をして攻撃する。責任のなすりあい。皆が皆、言い分けやへ理屈を並べている。しかも、そのへ理屈が完璧にまで磨きぬかれたものだから余計に始末が悪い。
何処にも大きな理念、ビジョンが存在しない。
だから、バブルの後遺症の不景気にあえぐ国民の怒りを納得させられない。死の恐怖と闘っている患者さんたちの勇気の前には何の説得力も持たない。

バブル全盛期、銀行や企業は利潤の為に理念を捨て、金で金を儲ける事に躍起となった。
経済の本来の意味は国力を増強し、国民の生活を向上させる事にある。利潤は常に理念の後についてくる。然るに本末転倒したおかげで、今や、国の存続すら危うくなりつつある。
非加熱血液製剤の危険性について医療関係者は、患者の生命を第一に考えずに企業の利益と自分たちの医学界での生命を第一に考えた。そして、間違いが起こった。数千年前、ヒポクラテスの考えた単純な理念さえ忘れなければ、起こらなかった。

日本はこれからかつて経験した事のない老齢化社会を迎えようとしている。人口の20%が65歳以上の老人?になる。年間、100万人が死んでゆく時代がくる。厚生省はこの現実に対し介護保険という手段で乗切ろうとしている。つまり、国民全体では1000ちょう円の資産があり、そこに財源を見い出し、自分の家族の面倒を見たら10万円とか15万円が月々支払われるということらしい。確かに核家族化が進み、自宅で家族をみとる風習の廃れた現代ではいたしかたないのかもしれない。しかし、国民も随分と馬鹿にされたものだ。まるで、子供のお使いのお駄賃だ。結果として、おかねが支払われるのならまだしも、おかねの戻りが目標となってしまっている。いうまでもなく、子供にお使いをさせるのはお駄賃をあげるのが目的ではなく、お使いにいく行為によりその成長がはかられるから行かせる訳で、本末転倒すると全く逆の効果となってしまう。まずは、家庭での介護により得られるものの大きさ、そしてそれが子供たちに与える事の大きさ、人が人を支える事で得られる充足感を理解して貰わなければならないのでは。これこそが目的であり理念のはずだから。

確かに、厚生省のいうように最早時間がない状況は判る。自分の言っている事は城を造るにレンガの焼き方から言っているようなものだと思う。しかし、そこを間違った結果バブルがおこったり、HIV訴訟が起こったりしているのも現実だ。

人の為に何かをする、世の為に何かをする事はとりもなおさず自分に帰ってくる行為である。数十年前の日本人の大半が持っていた単純な理念、これを忘れてしまったつけは大きい。そしてこのつけこそ我々が第一に支払わなければならないものではないか。

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