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このエッセイは『ばんぶう』(日本医療企画)に掲載されたものです。
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  ムーミンがいなくなった(2001)
 

ムーミンの作者トーベ・ヤンソンさんが亡くなった。

ムーミントロールという北欧の暖炉の裏に住むといわれている小鬼の物語である。 日本でもテレビアニメで有名だ。

もともとの画風は少しおどろおどろしい感じで、内容も顔のない女の子の物語など、かなり怖いかなというものが多い。

日本のアニメにするにあたって、タッチを柔らかくして、あまり刺激的でない内容にしたと言う。

本来、人間は関係性の動物である。それゆえ人それぞれに安全な距離を保とうとする。彼女はその晩年まで郊外の湖の小島で生活をした。彼女にとってその距離は常人が考えるよりは大きかったのかもしれない。

恐らくヤンソンさんは彼女の心の奥底の渇きをかの童話に託したのであろう。

一方、人は色んな方法で自分の存在を認められたいという欲求を持つ。一般的には言葉を介してのコミュニケーションということになるが、それだけに限らず、しぐさや態度といった手段も有効である。

いずれにせよ自分自身のことを分かってもらえた感覚を持った時、はじめて安心感に浸れるのである。

これは、サバンナに我々の祖先が出た時に芽生えた感覚かもしれない。外敵から守ってくれるジャングルから、危険なサバンナへと向かった時、我々人類は集団での生活を選んだ。そのため、言葉は進化し、道具を使い、文明と呼ばれるものを作り上げた。

パンドラの箱を開けた我々は、その時から不安という幻影に悩まされることになった。集団の中で自分が分かってもらえていないと感じる時、不安という幻影はその勢力を拡大する。

その幻影に打ち勝つ為に人は宗教を作り、哲学を学び、科学を発達させた。

お釈迦様は様々な苦行を行なったが、結局悟りは開けなかった。悟りを開いたのは、村娘の差し出した、たった一杯のミルク粥だった。

お釈迦様は分かってもらえたのかもしれない、自分の存在がそこにあるという事実を。

ムーミン谷の仲間達は、時に傷付け合い、時に愛し合う。互いのことを忘れないし、分かろうとする。そう家族なのだ。

家族の関係が難しいといわれて久しい。人の気持ちが分からない子供たちが増えたといわれる。

実は他人の気持ちなんて分かるはずがないのだ。それこそ自分勝手な幻影に過ぎない。相手の気持ちなど、自分自身の勝手な想像に過ぎない。

人の気持ちなんて分からなくったっていい。大切なのは人にも気持ちがあるって事を知ることだろう。

分かり合えることはそれだけである。そして、それだけで充分なのである。そこに、自分とは違った気持ちを持つ存在があること、それを認めることが分かり合うということなのだ。

分かってもらえた時、つまり、自分自身がそこにいるって事を認めてもらった時、不安はその炎を下火にする。

ムーミンの叫びはヤンソンさんの叫びだった。あたしはここにいるわって。

この夏、友人が関係した映画が封切られる。「アリーテ姫」というアニメ映画だ。分かるって事がどういうことか、必見の一本である。

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