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このエッセイは『ばんぶう』(日本医療企画)に掲載されたものです。
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  ある友人の死(2003年6月)
 

ゴールデン・ウィークの後半、悲しい出来事があった。友人であり先輩であり飛行機の教官でもあるSさんが、アクロバット飛行の訓練中に墜落したのだ。この文章を書いている現在、海中に没した機体はいまだ発見されていない。

僕は10年前にアメリカで飛行機のライセンスを取った。心臓専門の同級生が父親の医院で手伝っていたとき、心臓発作でなくなったのがきっかけだった。
遣り残したことはないか、答えは、飛行機で空を飛ぶことだった。時期を同じくして、あるラインの副操縦士であるY君が脳腫瘍で入院し、彼の手術を担当した。
もはや迷いはなかった。大学をこっそり抜け出して、関東地方の小さな飛行場通いが始まった。あまり患者さんに感情移入することのなかった自分がY副操縦士には特別な感情が出てきていることが不思議だった。白状しよう、再入院しなければならないY君を引っ張り出して、東京上空を飛んだことを。そして、その後彼が一時的にはせよ奇跡的な小康状態を保ったことを。

Y君は僕がアメリカでライセンスを取り帰国した翌朝に空のかなたへ旅立った。結果報告を待っていたかのような旅立ちだった。主治医の一人である僕は彼の解剖に立ち会った。臓器が取り出され、肉塊と帰していく彼を見て、初めて死というものを感じることができた。友人として感じたのか、医者として感じたのか。いずれにせよ、僕は深い悲しみとともに、人として別れを告げることができた。別れを告げることで、初めて彼が自分の中に存在することを感じた。

数年後、航空大学校から払い下げられた機体が縁あってやってきた。そのログブックに、Y君の名前を見つけるのに時間はかからなかった。
Sキャプテンには、その機体を通じて知り合った。現役のラインのキャプテンだったSさんは、高度な技術を教えてくれた。そして、高名な書道家でもあるSさんはフライトの心構えについてはことさら厳しかった。

ここ数年は疎遠であったSさんから突然の電話があった。事故の2時間前だった。話の内容はありきたりのことに思えたが、振り返れば、遺言以外の何物でもない。
その日、不思議なことはまだ続いた。クロスカントリーに出ていた僕は、函館に着いた。行き当たりばったりの旅である。ホテルを探し出したのは、連休の関係もあり、すでに夕方になっていた。

チェックインしてほっとする間もなく知人のキャプテンからSさんの事故の知らせがあった。たった数時間前に話をしたのに、いったい何故。混乱する頭でつけたTVニュースには、かつてのSキャプテンと愛機JA4227が映っていた。

故エリザベス・キューブラー・ロス博士は、初めて臨死をテーマに取り上げた精神科医である。その高名な著書「死の瞬間」(読売新聞社)は卑しくも臨床家となろうとするもののバイブルとなっている。曰く、死とは忌み嫌うものではなく、生の一部分だと。そして、必ず死の後に、愛する人にだけわかる何らかのメッセージを伝えてくるものだと。宗教観にかかわらず、その事実を受け止めることで、残された人々は癒されると。

僕のホテルの部屋番号はSキャプテンの愛機の機体番号だった。
Sさんは別れを告げに来られたようだ。

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