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このエッセイは『ばんぶう』(日本医療企画)に掲載されたものです。
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  またまた脳死問題(1999)
 

またもや、脳死判定において問題が生じた。蜘蛛膜下出血によって脳死に至った女性の判定においてである。

国会で脳死を移植前提下においてのみ人の死であると言う法令が通過して1年半が過ぎようとしている。この間いろいろな施設で移植のドナーにおけるトラブルが聞こえていた。そしてやっとの脳死判定がなされようとしている。

以前、本欄において30年前のことをうやむやにした「つけ」の話をした。脳死は科学であってそこに疑いの余地はない、しかるに一般の批判が多いのは当時のいわゆる和田移植における不透明性に対する医療不信が原因との論陣を張った。

それでは、今回の問題点はどういうことであろうか。

第一に臨床的脳死という言葉の曖昧さがあげられる。脳死はあくまでも脳死である。臨床的脳死などと言う言葉はない。脳死に近い状態と言うか、あるいは、あくまでも脳死であったと言うならば、現実には脳死判定医が脳死ではないと判断したのであるから、脳波測定における不正確性をちゃんと説明するべきだろう。いずれにせよ、みずからの落ち度を認めざるを得ないであろう。

勿論、法的には落ち度はないと思うが、論じているのはそういうレベルの話ではない。あくまでも、対患者さんとその家族に対する問題である。

第二にマスコミの報道姿勢である。あっという間に患者さんのプライバシーに土足で踏み込んでいる。またかと思うのは僕だけだろうか。御家族はただでさえ肉親の死と言う厳しい現実との戦いに疲労困ぱいしている。さらにその傷ついた心に鞭打って患者さんの意志を代わりに貫こうとしている。一人くらいいたわりの言葉をかけて差し上げるキャスター氏がいても罰は当たらないだろう。

勿論、公開の原則は守られるべきだ。しかし、たとえば誘拐の報道規制のようにしばらく非公開にして、なおかつ報道機関に対しては情報をできるだけ伝えるようにしてはどうだろうか。

アメリカではドナーのことはレシピエントには一切知らせないこととなっている。例えば、心臓移植を受けた人は一人の死によって自分が助かったことで苦しむことがよくあるという。また、一人の死によって救われたのだから、感謝して当然だと言われることに対する葛藤も生じる。同様にドナーの家族にもレシピエントの情報は知らせないこととなっている。これ以上のトラウマを避けるためである。

三浦朱門氏が新著のなかで日本の教育の失敗を論じている。団塊の世代の似非ヒューマニズム、つまり、原発は反対だが電気はふんだんに使いたいと言う考えが日本を悪くしたといっている。そして、その団塊の世代の教育に失敗した御自身の問題点を謙虚に述べられている。

脳死判定と移植において示された問題点はこれらの問題を含んだ結果であろう。

ウィリアム・オスラーは彼の学生によく言った。

Listen to the patient, he tells you the diagnosis.

今の我々の行動に対して彼はこう言うだろう。

Listen to the donor, he tells you how to do.

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